【休んだはずなのに疲れる日の正体】わたしに必要だったのは“ダラダラ”じゃなかった

昨日は、ほとんど家にいました。
子どもの送迎はあったけど、それ以外は外に出る予定もなく、座ったり、寝転がったり、仕事をしたり。「今日はちょっとダラダラしてみよう」と思って、家事も少し後回しに。
でも、翌朝。
ものすごく疲れてました。
Googleヘルスの「エナジースコア」(今日の元気度みたいなやつ)も、ここ最近で一番低い。「今日は休んでね」って言われてるような状態。
いや、昨日けっこう休んだはずなんやけど……?
そこから、ちょっと考え込んでしまいました。
体は休んでいても、頭は休んでいなかった
昨日のわたし、たしかに体はあまり動かしていませんでした。
でも、頭の中ではずっとこんな声が流れてた気がする。
- 台所を片付けなきゃ
- 洗濯物をたたまなきゃ
- 夕方までにこれやっといた方がいいよな
- でも今は休もう
- あとでやろう
- あ、もうこんな時間
- あれもこれも終わってない
体は横になっていても、頭の中では「未完了の家事」のタブが開きっぱなし。
しかも昨日は、夕方18時から小児科に行く予定もありました。
体調不良で慌てて行くやつじゃなくて、便秘の薬がなくなりそうだから行く、っていう予定された通院。それでも、夕方に子どもを連れて病院に行くのは、わたしにとってそれなりに大きな予定なんですよね。
18時に小児科。その前にお迎え。帰ってきたら何時になるか。ごはんは。お風呂は。寝る時間は。
そういうことが、たぶん一日中ずっと頭の中にありました。
昨日の疲れは「ダラダラしたから」じゃなくて、「ダラダラしてる間もずっと“あとでやらなきゃ”を抱えてたから」やったんやと思う。
わたしに必要だったのは、ダラダラじゃなく“余白”
わたし、日中にダラダラすることにちょっと憧れがありました。
やることをちょこちょこ終わらせて、空いた時間でゴロゴロ。眠かったら昼寝。何にも追われずに、のんびり。
でも実際にやってみたら、翌日にしわ寄せが来た。体力的にも、精神的にも、思ったより回復してなかったんです。
むしろ疲弊している!
ここで気づきました。
わたしが欲しかったのは、たぶん「ダラダラ」そのものじゃない。「追われていない状態で、安心して力を抜ける時間」だったんだなと。
ダラダラと余白は、違う。
- ダラダラ=やることを抱えたまま時間が溶けていく感じ
- 余白=やることを少し片付けたあとに、安心してぼーっとできる時間
わたしはダラダラしたかったんじゃなくて、余白が欲しかった。
わたしが本当に同意していること
最近、自分が何に同意してるのかをよく考えます。
たとえば、英語を話せるようになった方がいいとか、フリーランスとしてもっと稼げた方がいいとか、月30万、月50万稼げるようになりたいとか。
そういう目標って、世の中にたくさんあります。言ってる人もたくさんいる。なんとなく良さそうにも見える。
でも、それを自分の目標として口にすると、どうにも他人の文章みたいに感じることがあるんですよね。
たぶんわたし、そこに心から同意してない。
もちろん、お金がいらないわけじゃない。仕事をしたくないわけでもない。英語や海外に興味がゼロなわけでもない。
でも、わたしの一番真ん中にある願いは、もっと地味なものでした。
- 日常生活をつつがなく回したい
- 未来の自分を楽にしたい
- 夜たっぷり寝たい
たぶんわたしは、この3つには心から同意してる。
「未来の自分を楽にする」は、呪いであり願い
「未来の自分を楽にする」。
これ、わたしにとって昔からかなり強いテーマだった気がします。
宿題を早めに終わらせて、提出日前に「ああ、やらなきゃ」って思わなくていい状態にしたい。先に準備しておいて、あとから焦らなくていい状態にしたい。「もうやったの?」って聞かれたときに、「もう終わってますけど」って言える状態にしたい。
わたし、せかされたり、突っつかれたり、やらなきゃいけないことを抱え続けたりするのが、ほんとに苦手なんだと思う。
だから「未来の自分を楽にする」は、わたしにとってかなり大事な価値観。
……なんだけど、これがちょっと呪いっぽくもあるんですよね。
未来のために。将来のために。もっと楽になるために。
そう思って頑張ってきたはずなのに、その「未来」っていつ?その「楽」ってどういう状態?って思うことがある。
でも、考えてみたら。
わたしにとっての楽は、すごく遠い未来の話じゃなかった。
- 1時間後の自分が焦っていないこと
- 夕方の自分が詰んでいないこと
- 夜の自分が「あとは寝るだけ」と思えること
たぶん、それくらい近い未来でいい。
午前のわたしが、夜のわたしを寝かせる
今回の気づきを一言にすると、これかもしれません。
午前のわたしが、夜のわたしを寝かせる。
午前中のわたしが、台所を一回リセットする。洗濯物を一工程だけでも進める。夜ごはんの方向性だけ決める。今日の固定予定を確認する。
そうすると、夕方のわたしが少し楽になる。夜のわたしが少し早く寝られる。翌朝のわたしが少し元気になる。
逆に、午前中に全部後回しにすると、夕方のわたしに全部のしわ寄せが行く。夜のわたしがワセワセ片付けることになって、寝るのが遅くなって、翌朝ぐったり。
昨日はまさに後者でした。
だからこれからは、午前中の自分に「全部やれ」って言うんじゃなくて、「夜の自分が詰まないくらいに助けてあげよう」と思うことにします。
一日を3つに区切る
わたし、時間がぼんやりしてると迷子になりやすいんです。
「何時までに絶対これをやる」って締切がないと、「あとでいいか」「いつでもできるし」と思ってるうちに、気づいたら夕方。
なので、これからは一日をざっくり3つに区切ってみます。
- 午前=未来の自分を楽にする時間
- 午後=仕事・休憩・調整の時間
- 夕方以降=新しく頑張らない時間
特に夕方以降は、もう新しいタスクを増やさない。お迎え、ごはん、お風呂、寝る準備。それだけで十分大仕事だから。
夕方に小児科や予定がある日は、朝から「特別ダイヤ」にする。
- いつもの家事量をこなそうとしない
- 夜ごはんは簡単にする
- 洗濯物は全部たたもうとしない
- 昼までに台所を一回リセットできたら、それでよし
チャイムを鳴らす
もうひとつ試してみようと思ったのが、家の中でチャイムを鳴らすこと。
学校のチャイムみたいに、1時間ごとにスマホのアラームを鳴らしてみる。月曜から金曜まで、ひとまずセットしてみました。
アラームは「頑張れ」の合図じゃない。「今どこ?」と現在地を確認するための音です。
鳴ったら、こう考える。
- 今、予定表のどこにいる?
- 次の1時間で困りそうなことある?
- 困りそうなら10分だけ整える
- 困らなさそうなら、そのまま続行
うるさければ減らせばいい。いらない時間は消せばいい。まずは実験。
わたしにはたぶん、やる気よりも、現在地が必要なんよね。
わたしの三本柱
今日の気づきをまとめると、わたしの三本柱はこれでした。
- 日常生活をつつがなく回す
- 近い未来の自分を楽にする
- 夜たっぷり寝る
この3つがうまく回ってるとき、わたしはたぶんかなり幸せ。
すごく稼ぐことでも、大きな目標を達成することでも、遠くに旅行することでもなく、家の中がそれなりに整っていて、やるべきことに追われすぎず、夜に安心して眠れること。
それがわたしにとって、かなり大事なことなんだと思います。
もちろん、また忘れると思う。また時間が溶ける日もあると思う。また「わたし何してるんだろう」って迷子になる日もあると思う。
そのときは、ここに戻ってきます。
ダラダラしたいんじゃない。余白が欲しい。
未来の自分を楽にしたい。でもその未来は、何十年後じゃなくていい。
今日の夕方の自分、今日の夜の自分、明日の朝の自分でいい。
午前のわたしが、夜のわたしを寝かせる。
まずは、そこから。





















