いつのまにか、うちの長女がフーセンガムをふくらませられるようになっていました。

りつき

え、いつのまに……!?びっくりした。

ずっと前から「どうやったらできるん?」「なんでできんの?」と、ぐぐぐ……と挑戦してたのは知ってたんです。でも、気づいたらできるようになってた。

最初は本当に小さい風船でした。それでも本人は「あ、なんかできそうな気がする!」って、ちいさくふくらんだガムを見せに来てくれて。

できなかったことが、できるようになる。それって、大人が思ってる以上に、本人にとってはうれしいことなんやろなと思いました。

そもそも我が家に「フーセンガム文化」はなかった

そもそも、うち(実家)には「フーセンガムを買う・食す」という文化はなかったんです。

ガムはありました。でもそれは、お菓子としてのガムじゃなくて、キシリトールガム。ノンシュガーで、キシリトール入りのやつ。

だからガムも、「お菓子を楽しむ」というより「歯磨き」的な位置づけ。
(謎の歯への情熱…笑)

故に、ご飯のあとに「お菓子食べたい」と言うと「あんた今ご飯食べたやろ」となるけど、「ガム食べたい」だと、許されていました…

その頃の感覚がこびりついているせいか、子どもにごはんのあとに「ガムほしい!」と言われると(キシリトールのやつじゃないやつでも)ガムならいいよ〜と言ってしまう脳みそになってしまいました😇

りつき

ガム、ずるいぞ。

フーセンガムの作り方を教えるの、難しすぎる

それにしても、フーセンガムの作り方を人に教えるのって、めちゃくちゃ難しくないですか?

口の中で起きてることだから。「こうやって、こうして、ここで空気を入れて……」と言いたくても、見せられないんですよね。しかも自分も、どうやってできるようになったのか覚えていない。気づいたらできてた。

そこで、子どもに説明するためにちょっと調べてみたら、口の中の動きや舌の使い方を説明してるページが出てきて。それを見ながら「なるほど、こういう感じらしいわ」と伝えてみました。

そしたら長女も、なんとなくコツをつかんだらしい。ちょっとずつ、ちょっとずつ、風船らしきものができるようになっていきました。

「できそうな気がする」。この感覚って、すごくいい。できるかも、もうちょっとでできるかも、あ、ちょっとできた。その繰り返しで、ちゃんとできるようになっていく…

ガムを飲み込んでいた時代もあった

もちろん、ここに至るまでには時代がありました。

ガムを噛んで、最後にペッと出す。このシンプルなルールが、子どもには難しい!!!😂
ちょっと前まで、普通に飲み込んでました。笑

「さっき食べとったガムどうしたん?」と聞くと、「うん?」みたいな顔をする。

りつき

いや、もう飲み込んどるやないか。噛め。せめてもう少し噛め。

別に、最後はうんちと一緒に出てくるから大丈夫なんやろうけど、腹は立つ。笑

ガムをグミかラムネのように、秒で飲み込む時代。そんな時代を経て、長女はついにフーセンガムまでたどり着きました。これはもう、なかなかに感慨深いぞ…

ひとつのガムを長く楽しめるの、いい

風船ガムってコスパいいですよね。(秒で飲み込まなければ。笑)
一粒で長く楽しめる。噛んで、味わって、ふくらませて、失敗して、また挑戦して。

子どもに「何食べたい?」と聞いたときにガムを選んでくれると、ちょっと嬉しい。
グミやラムネより、なんとなくハードルが低いんです。

しかも、フーセンガムを作るには口の中をいろいろ動かす。舌とか、唇とか、頬とか。もしかして、口まわりの運動にもなってるのでは……?そう思うと、ますますガムへの心理的ハードルが下がります。

そしてなにより、本人が楽しそう。これが一番いい。

できなかったことが、できるようになる。それは、勉強とか運動とか、そういうわかりやすい成長だけじゃない。フーセンガムをふくらませる。それだって、ちゃんと成長です。

で、結局。うちの長女は、小学2年生になって、フーセンガムをふくらませられるようになりました。最初はちっちゃい風船だったけど、本人にとっては大きな「できた!」だったんだと思います。

我が家のガム文化は、キシリトールからフーセンガムへ。そしてたぶん、下の子たちにもじわじわ継承されていくはず。

りつき

ガムの話、以上です。おわりー。